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    Title: 日治時期排灣族「南蕃事件」之研究
    Other Titles: 日本統治期のパイワン「南蕃事件」の研究
    Authors: 葉神保
    validy, drangadrang
    Contributors: 原住民族研究中心
    Keywords: 「南蕃事件」;排灣族;酋邦社會;理蕃政策;銃器押收;獵首文化
    「南蕃事件」;パイワン;首長国社会;理蕃政策;銃器押収;首狩り文化
    Date: 2014-10-12
    Issue Date: 2016-01-04 17:06:57 (UTC+8)
    Abstract: 1914年日治時期排灣族「南蕃事件」,是日本佐久間總督推展理蕃五年計畫押收槍枝發生的衝突事件。當時排灣族地區押收槍枝是全面的,但是武裝抗拒繳械只在南部超部落型酋邦的排灣族,因此等酋邦比較容易動員龐大的人力物力,且戰爭經驗豐富,故無懼於日本武力威嚇。事件爆發的原因從文獻和口傳來解析:日本觀點,是排灣族抗拒繳械。排灣族觀點,認為押收槍枝是導火線,但是點燃導火線的火苗是親族受辱的報復、日本觸犯禁忌的不滿及獵首和ilavas(戰利品)的文化實踐。衝突事件歷時有5個月之久;日本動用了近2000名警力,加上山砲、野砲、臼砲,並獲得海軍2艘驅逐艦「薄雲」和「不知火」從近海砲火支援的攻擊之下,終於排灣族酋邦高傲的眉宇間淌下了悲情的淚水──「歸順」於日本。衝突中日本扣押的槍枝、槍管中,槍械有4865挺,槍管有1094支。而死亡人員,日警有107人(含隘勇及搬運工則傷亡有158人),排灣族傷亡人數難以估計(日本未統計記錄)。本研究以歷史人類學的方法論來探討;即從歷史檔案和當地口傳歷史所獲得的資料,與排灣族的社會文化結構對話,來分析和描述排灣族對「南蕃事件」的觀點及其對社會文化的影響,目的是建構具有排灣族主體性的歷史觀,裨益排灣族建立健康的族群認同。
    日本統治期の1914年に起こったパイワンの「南蕃事件」は、佐久間左馬太総督による五箇年計画理蕃事業推進の際、銃器を押収したことで起こった事件である。当時、パイワンの住む地域で全面的に銃器押収が行われたが、銃器押収に武力で抵抗したのは南部の超集落型首長国のパイワンだけであった。なぜなら、首長国は膨大な人や物資を比較的容易に動員することができるうえ、戦争経験も豊富なため、日本の武力による威嚇を恐れなかったからである。事件発生の原因を文献や口承から分析すると、日本の観点から見れば、パイワン側が銃器の受け渡しを拒否したからであり、パイワンの観点から見れば、銃器押収は導火線で、それに火をつけたのは親族が受けた辱めへの報復や日本が禁忌を犯したことへの不満、そして首狩りとilavas(戦利品)についての文化的実践を行ったからだ、と読み取れる。事件は5ヶ月に及び、日本側は2000人近くの警察を動員して、山砲、野砲、臼砲を使用し、海軍の駆逐艦「薄雲」「不知火」の2隻により近海からの砲撃の支援を受けて攻撃を行った結果、パイワンの首長国はその尊大な眉間から悲しみの涙を流した――日本に「帰順」したのである。事件中に日本側が押収した銃器は、銃4865丁、銃砲身1094本に上った。また、日本人警官の死亡者数は107人(隘勇と運搬工を含めると158人)であるが、パイワン側の死傷者数は不明である(日本による統計がないため)。本論では歴史人類学の方法論によって論述を進める。つまり、史料と現地で口承されている歴史から得た資料によって、パイワンの社会文化構造との対話を行い、パイワンの「南蕃事件」に対する見方とその社会文化への影響を分析、描写する。それによって、パイワンを主体とした歴史観を構築する一方で、パイワンの人々が健全なアイデンティティを持つのに役に立てれば、と考える。
    Relation: 第七回台日原住民族硏究論壇
    主辦單位: 政大原住民族研究中心主辦
    舉辦日期:2014.10.12
    Data Type: conference
    Appears in Collections:[2014第七回台日原住民族硏究論壇] 會議論文

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